ガス交換の原理は「拡散」
人工肺のガス交換は、ポンプで押し込むような能動的なものではなく、拡散という物理現象で起こります。日本人工臓器学会の解説では、拡散は「膜の中でガスが散らばり、広がる物理的な現象」で、「濃度の高いところから低いところに向かい、拡散量はその濃度差に比例します」と説明されています。 つまり、膜をはさんでガス側と血液側に濃度差をつくることが人工肺の仕事です。ガス側の酸素濃度が高いから血液へ酸素が移り、血液側の二酸化炭素濃度が高いからガス側へ二酸化炭素が抜けていきます。
中空糸膜の構造
人工肺は「中空糸」という中が空洞のストロー状の糸を束ねた中空糸膜からできています。泉工医科工業の解説によれば、成人用では約1万本の中空糸が使用され、外径は約0.2〜0.3mmです。膜面積を大きく取るために、細い糸を大量に束ねるという設計です。血液は中空糸の「外側」を流れる
ここは間違えやすいところです。日本人工臓器学会の解説では、「初期の中空糸膜は血液が中空糸の内部を流れ、ガスの外部を流れるもの」でしたが、「現在では、血液が中空糸の外部を流れるもの」に変わったと説明されています。 血液を外側に流す(外部灌流型)と、糸の束の間を血液が縫うように流れるため「攪拌効果が発生し、より酸素移動の速度は高まります」。ガスが中空糸の内側、血液が外側——これが現在の標準です。熱交換器が一体になっている
人工肺には熱交換器が組み込まれており、冷温水槽と接続することで血液の冷却・加温ができます。開心術の低体温管理はここで行われます。実際、後述するQUADROX-iの添付文書でも、ガス交換膜面積とは別に熱交換膜面積が仕様として明記されています。膜の種類と材質——開心術用とECMO用はここが違う
人工肺を理解するうえで一番大事なのが膜の種類です。用途によって求められる性質が違うため、材質が使い分けられています。| 膜の種類 | 材質 | 特徴 | 主な用途 |
| 均質膜 | — | 高分子が隙間なく配置された膜。人工肺の初期に使用 | (歴史的) |
| 多孔質膜 | ポリプロピレン(PP) | ガスは通るが血液は通らない微細孔(0.1〜0.15µm程度)をもつ | 開心術 |
| 複合膜 | PP+シリコンコート | 多孔質膜をシリコンで覆い、血漿リークを抑える | ECMO |
| 非対称膜 | ポリメチルペンテン(PMP) | 血漿リークしにくい | ECMO |
血漿リーク(プラズマリーク)とウェットラング
多孔質膜の弱点が血漿リークです。日本人工臓器学会の解説では、ECMOの長時間使用時に「微細孔に血漿成分が浸入することによりガス交換性能が低下してしまう」と説明されています。 現場でどう見えるかについては、近畿大学の研究紹介に具体的な記述があります。近畿大学 生物理工学部(2021)ガス側の出口から黄色い泡が出てきたら血漿リーク、という覚え方ができます。 添付文書にも明記されています。膜型人工肺QUADROX-iシリーズでは「本品は膜の性質上、長時間(2、3時間以上)使用する場合、まれに結露またはプラズマリークの現象がみられる」とされ、同じ製品の使用条件として「6時間を超えて使用しないこと」と定められています。開心術用の人工肺は、そもそも長時間使用を想定していない機器だということです。
ガスの設定(V/Q比とFiO2)
人工肺に吹送するガスは、流量と酸素濃度の2つで調整します。血液流量に対するガス流量の比をV/Q比(ガス血液流量比)と呼びます。 ここで注意したいのが、添付文書の記載と施設の実運用が同じとは限らないことです。| 出典 | ガスの設定 |
| QUADROX-i 添付文書 | 「酸素濃度は80%で開始し、ガス血液流量比を1:1にする」/「ガス流量は、15 L/min 以下で使用すること」 |
| 自治医科大学附属さいたま医療センター 体外循環マニュアル(CAPIOX-FX使用時) | 「酸素を目標灌流量の 1/2 L/min(V/Q=0.5) FIO2 60%で吹送する」 |
圧力損失
人工肺は回路の抵抗になるため、血流量が増えるほど圧力損失が大きくなります。実際の数値の例として、同マニュアルにはキャピオックスFXの値が挙げられています。| 血流量 | 5 L/min | 4 L/min | 3 L/min | 2 L/min | 1 L/min |
| 圧力損失 | 70 mmHg | 50 mmHg | 30 mmHg | 10 mmHg | 5 mmHg以下 |
製品の仕様例:QUADROX-i
実際の製品仕様を見ておくと、数字の感覚がつかめます。膜型人工肺QUADROX-iシリーズ(承認番号 22200BZX00152000、製造販売:ゲティンゲグループ・ジャパン株式会社)の仕様は次のとおりです。| タイプA | タイプB | タイプC | タイプD | |
| 容量(充填量) | 335 mL | 215 mL | 295 mL | 175 mL |
| ガス交換膜面積 | 1.8 m² | 1.8 m² | 1.3 m² | 1.3 m² |
| 熱交換膜面積 | 0.4 m² | 0.4 m² | 0.3 m² | 0.3 m² |
| 最大血流量 | 7 L/min | 7 L/min | 5 L/min | 5 L/min |
| 動脈フィルター | 有 | 無 | 有 | 無 |
添付文書の警告・禁忌
- 再使用禁止・再滅菌禁止
- 「血液入口部の圧力が100kPa以上にならないようにすること」
- 「メチレンブルーを灌流直前又は灌流中に投与してはならない」
人工肺のトラブル(JaSECT安全ハンドブックより)
日本体外循環技術医学会の「人工心肺安全ハンドブック」には、人工肺に関するトラブル事例が項目として挙げられています。| 項目 | 内容 |
| E-1 | 膜型人工肺で酸素加できない |
| A-8 | 人工肺からの気泡の吸い込み — 「吸引補助脱血のため貯血槽を陰圧にしたら人工肺から気泡を吸い込む」 |
| C-2 | 人工肺の破損 — 「人工肺に亀裂が生じて血液が漏れる」「人工肺が割れて血液が噴出する」 |
主な人工肺(製品名)
- QUADROX-i(ゲティンゲグループ・ジャパン)
- CAPIOX FX(テルモ)
- oxia AC(JMS)
- HPO-23WRHF-C(泉工医科工業/MERA)
- PRIMO2X、インスパイア(LivaNova)
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